沖縄移住応援サイト りっか沖縄東京相談員のブログ

5年後、家族で住むマンションを沖縄で購入し、 家族を沖縄に呼びたい!

鹿谷 恭平さん
(2022年2月に関東地方から沖縄へ移住)

【沖縄移住までの流れ】
2021年10月:りっか沖縄に登録
2021年11月:りっか沖縄 オンライン企業セミナー参加
2021年12月:企業へエントリー
2022年1月上旬:企業から内定
2022年2月下旬:沖縄へ移住

 

1年前倒しでの沖縄移住を実現

現職の関係もあり、当初沖縄移住は2023年4月を想定し、2021年10月にりっか沖縄 東京相談室に来社。沖縄で働くためにどのような求人があるのかを事前に調査することが目的で来社されました。
その際、11月に開催するオンライン 沖縄企業セミナーの開催を知り、移住はだいぶ先だが、情報収集のために参加することになりました。
それが鹿谷さんの計画を大きく狂わせることになりました。。

それは参加した企業の人事担当者様との出会いがきっかけでした。
当初、沖縄で募集している求人内容や求人企業について知ってみたいと、気軽な形でオンラインセミナーに参加したのですが、そこで説明するある企業の人事担当者様の話す内容や話し方、人柄を見て、是非その会社で、その人と一緒に働きたい!という想いが沸き上がり、翌月12月には職務経歴書と履歴書を作成し企業へエントリー。

そしてその翌月の2022年1月には内定、2022年2月には沖縄に移住するというスピード移住が実現しました。

 

英語を活かし、給与UP!!

関東で働いているときは塾の講師として子供たちに勉強を教える仕事をしていました。
そのため2月に移住するというのは時期的にはちょうどいいタイミングでした。
というのも、1月には多くの子供たちが進路を決め、2月になると新しい学年での勉強へとシフトしていくタイミングになります。だからこそ1年前倒しをして移住することも問題なく実現できました。

沖縄での仕事は今までの塾の経験を活かすというよりは、以前海外に留学していた経験を活かし、英語力で海外のお客様をサポートする仕事につくことになりました。

そのため勤務時間の多くは23時から翌朝8時までという海外時間に合わせた勤務となりました。ただ、事務所に出勤することは少なく、在宅で業務が行えることや、業務を在宅で行うためネット環境やセキュリティー環境を高めてほしいと手当も多く、関東にいる時よりも給与が上がるという、キャリアップを遂げたのです。

しかも上司は東京にいるフランス人で、同僚は香港にもいる。その中、自分は沖縄で働いている。という不思議な環境で勤務をしているとのこと。
海外での生活が活かせているとは言いつつも、英語の資料にはわからない単語も多く、辞書を片手に書類チェックを行うことも。それでも待遇はもちろん、仕事内容も面白く非常に充実した時間を過ごしていると鹿谷さんは話してくれました。

車はやはり持っているほうがいい

とんとん拍子で沖縄に移住することが決まった鹿谷さんが苦労したことが、住居を決めること。土地勘がないため、どこに住むのがいいのか悩み、会社の人にアドバイスをもらい住居を決めたということ。
鹿谷さんの場合、免許はありますが車がなかったため、ゆいレール沿線に住居を決めました。出勤する際や県外へ移動する際はゆいレールに近く、空港や事務所も行きやすい立地になりますが、スーパーは歩くと意外に遠く、買い物には少し不便ということです。

車を持っている人は、住む場所も広げられるし、生活においても車があれば便利なので、やはり車は持っているほうがおススメということ。
だけど車がなくてもゆいレールで出かけたり、レンタカーを借りてドライブしたりと楽しむことは可能。ただし、職場がゆいレール沿いにあるからこそ実現していることなので、職場選びも自分の状況に応じて考えないといけないため重要だと話してくれました。

これからは一生の家探しを!

沖縄で暮らす鹿谷さんは東京でお会いした時よりもイキイキとされていたため、沖縄での生活についてお聞きしました。

やはり何といっても沖縄の気候が過ごしやすく自分にあっているということ。もちろん沖縄は暑いのですが空っとしていて東京にいるときのような苦しさを感じることがないということ。

また沖縄の食べ物も好きで、特に豚肉の鮮度の良さや味付けも気に入っていて、外食もよくするということです。
沖縄=台風というイメージをする人もいますが、全然そのように感じることはなく、仕事もやりがいがあり、環境もよく、沖縄に移住してきたことは大正解だったと話してくれました。

そのため今は5年後を目安に家族を沖縄に呼ぶためにも、家族みんなで生活する住居を探して購入したい。とこれからの目標も話してくれました。

どこでどのような縁があるのか本当にわかりませんが、行動するからこそその縁に出会うこともできたのだと思います。